スポークが折れた!!

 自転車のセンサーとアプリの問題が解決したので、今日は少し長く乗ってみようと思った。

 まず、一気に三沢にある「斗南藩観光記念村」を目指した。
 ここにある「三沢市先人記念館」を見ようと思ったのだった。
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 この先人記念館は、広澤安任の資料を展示しているところだが、今は、『新撰組と広澤安任』の特別企画展をやっている。

 広澤安任を御存じない方のために、会津若松市の紹介文を以下に掲載。

 斗南藩の実力者で、新しい青森県の生みの親。会津藩時代、松平容保が京守護職を拝命した際、お供をして上洛。戊辰戦争に際しては、藩公の無実と戦争の愚かさを訴え単身総督府に乗り込み投獄される。(のち英外交官アーネスト・サトーの進言で救出)戊辰戦争後、松平家の再興を掛け陸奥国(斗南藩)への移住を主張。斗南藩では少参事として山川浩を補佐し施政を展開。廃藩置県後は合県運動を進め現在の青森県の基礎を作った。明治政府からの再三の官職の要請を拒否。「野にあって国家に尽くす」の信念の元、谷地頭(三沢市)に洋式牧場を開設して青森県のみならず、わが国の畜産界に多大な貢献をした。

 会津藩主・松平容保が京都守護職として京都にいたとき、広澤安任は公用方に任ぜられ、公卿、諸藩士、新選組などと交流を持っている。

 斗南藩の関係者によるこの地方への影響は大きなものがあるが、ここでは詳しく触れない。

 ただ、2つばかりこの地方に関係することを書いておこう。
 映画「るろうに剣心」でも登場人物となっている新撰組の斎藤一は、斗南藩として五戸町に住んでいたことがある。
 また、涙橋の闘いで知られる中野姉妹の妹と結婚した元新撰組隊士の墓が八戸市にある。

 
 次に、帰る途中に「三沢市航空記念館」を見学する。

 様々な航空機の展示がされているが、現在、零式艦上戦闘機(いわゆる零戦)の原寸大機や、69年間ぶりに十和田湖から引き上げられた一式双発高等練習機が特別展として展示されている。
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 建物の内外に様々な飛行機の展示があり、フェンス越しに隣接する三沢の飛行場の本物も見られる。
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 八戸の近くのおいらせ町まで戻ってきて、一安心ということで、「自由の女神像」を見る。
 ここは、アメリカのニューヨークと同緯度(北緯40度40分)ということで、4にこだわり、4分の一の「自由の女神像」を展示している。
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 さらに、近くの日本一長寿のイチョウの大木を見る。

 ここで、スマホのアプリがなぜか不具合により終了となる。

 もう一度起動すると、直前のデータを引き継ぐか聞いてきたので、当然引き継ぐことにしたのだが、画面上は、時間は引きついているものの、距離等は0からのスタートになっていた。

 しかも、ここからけっこう走ったのに、また、スピードが0表示になっていた。

 スポークのマグネットを確認すると、なんと、マグネットのついているスポークが根本から折れていた。
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 そのためにマグネットが正常の向きでDuoTrap S センサーのそばを通過しないので、おそらく、これがアプリの不具合による終了の原因でもあろうと推測される。

 応急処置として、このスポークを反対から元の穴に引っかけ、他のスポークとビニルテープで動かないように固定して、八戸まで戻って来た。

 自宅に戻ってから、アプリのデータを確認すると、距離は、おいらせ町からの19.98kmとなっていたが、地図上では走ってきたルートが全部表示されるし、スプリットデータの最終が74.10kmとなっているから、走行距離の合計は94.08kmということになるだろう。
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 折れてしまったスポークは1本だけだが、もともとスポークの数が多くないし、無理はできないので、新しいスポークをつけるまでは自転車には載らない方がいいだろう。

【おまけ】
 「自由の女神像」までもどる前に、「ガンダム床屋」で有名なお宅がある。
 個人の趣味で作られているということだが、これだけそろえば見事である。
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【追記】
 スマホのアプリで地図を拡大してみると、「自由の女神像」のところで既に74kmになっているから、ここでスポークが折れ、大イチョウまで向かうときにセンサーが機能せず、大イチョウのところで不具合による機能停止になったと思われる。
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この記事へのコメント

2014年10月08日 06:46
スポークが折れるほど乗るなんて・・・
恐れ入りました~!!!
2014年10月08日 07:37
>Kashinさん
 スポークが折れたのは、そのスポークがゆるんでいたからかなあ。マグネットをつけて他より負荷がかかっていたのかなあ?
 いずれにしても、乗り過ぎではないと思います。
ササン
2014年10月08日 10:58
おつかれさまでした!

飛行機と聞くと何故か男心を
くすぐられるのは私だけでしょうか^^

最近Pinebridgeさんの日記を拝読するにつけ
八戸が身近に感じられるようになってきました!
2014年10月08日 11:32
>ササンさん
 私の亡くなった父は、予科練13期でした。13期は当時半数まで亡くなったといいます。
 旧制中学時代に入隊を希望したそうですが、祖父が反対し印鑑を隠してしまったそうです。もし、このとき入隊していたら、あるいは、戦争がもう少し長引いていれば、父も戦死ということで、現在の自分の存在もなかったかも知れません。
 父が乗ったことがあるのは、零式水上偵察機ということでしたが、こういう飛行機を見ると、父の話していたことをいろいろ思い出します。

 この、航空科学館は、いわゆるライト兄弟の飛行機のレプリカから現代の飛行機までいろいろ展示されていて面白いです。他にも科学実験講座なども開かれていて興味深いところです。

 ササンさんが八戸を身近に感じてくれるのはとてもうれしいのですが、その分、ギター以外の話が多くなってきているということかな・・・(^_^;)